とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

ウォーキング中あれこれ 風景と頭の中

ああ、忙しい、忙しい!!!

 

……ここのところ新年度の準備等デスクワーク&デフォの夜間肉体労働にて消耗しきっている、ということになっているのを自分で認めたくないばっかりに飲み会や一人軽飲みなどもぶち込んでさらにワケワカンナクなっていた私。

↑いかん。ウォーキング再開。

 

ランニング風ウェアで玄関に出たところマンションの住人(主的おばはん)に早速、

「あらら〜痩せてるからいいわよぉーーー」(決して痩せてないし、何がいいんだ)

どうでもいいがどうでもよくない(何せ主だから)やりとりをあしらった後出発。

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幹線道路の橋の下を通る。

上の赤いでかいネジみたいなやつやナンバーの振ってある黒の積み上げてある物体等に萌える私。こーゆうのにいつも萌えてしまうが何でなんやろう…と長年考えている。

 

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水質の良し悪しには関係ない美しさ?美しい…?

いや、美しいという言葉は不適切だな、でも何かきれいだと思って思わず撮る。小波が来ていて、午前中の日差しが反射して、烏みたいなどーでもいい鳥が寄って来ている状況がなぜか自分のフィーリングと共感。

まぁ今日もなんかしら動いてるわぁ〜〜〜。

 
 
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風になぎ倒されたススキ。もう何の抵抗もなく倒されまくっていて面白い。あっち側のは普通に上向いてるのに。
 
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別に何の和みもない風景を真剣に、向かい風やもんで眉根にシワ寄せて歩いていると、こんなものがダントツで可愛いモノNo. 1っていう。
 
 
 
イヤ、仕事と家事と育児に追い回されて、振り回されて忙しいんスよ。
ストレス溜まります、ホントに。
 
 
 
別にそんな言い草する状況的な資格は一応完璧なまでに揃ってるよな、あたし。
でも「育児」かぁ、育児って何歳までなんだろ。確かに0歳の母乳の時期は仕事も休んでたし、育児してたよなぁ。育児しかしてなかったってか、そんな感じだし。
でも今娘は5歳。車運転したり一人で公共交通機関は使えないから送り迎え等はするけど「育児」??、っていうより同居人化してるような。
5歳ともなれば別に一人で食事、排泄、風呂等可能だし。
食事、って作る方は自分も食べるわけだから作るのは変わんないし。よっぽど手のかかる男と同居や結婚してるほうが生活上での負担ではあるわな。変な精神的、心理的な縛りにおいても。
 
で、仕事もこの看護師という職業、一部(実はこれが真に手強い勢力なのだが、こわい)を除いて表向きなかなか世間的社会的に「効く」業種で。
「あらぁ〜、大変ねぇ!でも尊いお仕事なされてるからっ。きっと娘さんもお母さんの背中を見て育ってね、わかってくれると思うわよぉーー」
そんな何の責任もないセリフは置いても、病院託児所の完備、一般保育園での融通、地域でのどうでもいい会合の免除、等の実利がある。前述の何の責任もないセリフだって、本気で言ってる人には「情に訴えかけている」という面で実利につながるのだ。イヒヒ。
まぁ、この職種上の免罪符は使えるとこでは使えるだけ使わしてもらおーーーっと。
 
 
 
以上、荒んだとも言える風景の中久々に身体を動かしてじんわり汗もかいて、なんとなく考えたことでございます。多忙ぶっててもたいしたことねーな(色んな意味で)!
 
 
 
 

魅惑のブランド芋

伊勢芋である。

スーパーではほとんどお見受けしない、いつもいただきもの。

父のスロット(中毒)交遊の賜物だろうか、その筋から入手するらしい。

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これ、どうよ。無骨、という言葉が浮かぶ。

 

とろろ芋といえば自然薯自然薯、自然の薯(=芋?)という意味で山に野生しているのをそもそもは指すのだろうが今はほとんど栽培だという。「自然」ちゃうわね。

たとえ自生していても長細い自然薯を山の斜面から掘り出すと山崩れになるとかでやってないんですって。山崩れ、て。どんだけ!そこで栽培は長いパイプのようなものの中で育てるという。まぁ、wiki調べですが。

そんな自然薯も悪くはないが、やや地味な観光スポットで「自然薯定食」みたいのを出している店にはいまいち入る気がしない。

 

だって、

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この粘り、クリーミーさは伊勢芋が勝るから!!!
写真は出汁を加えているのでこんな色味ですが、すりおろした時は真っ白なのよ〜。
あの無骨な皮から、真っ白!ギャップ萌え!
またその白雪のようなすりおろし状態からの風味の濃厚さもさらなるギャップの二段階攻め!!!
 
そんな伊勢芋ファンなわたしですが、一応、ブランド芋の位置付けのようで。
 
 
 
ブランドといえばいっとき、周りの女子8割がLOUIS VUITTON財布を持ってた時代があったわ。
(輸入)ブランドブームというやつだったのかしら。今はさすがに8割ってことはなく、女子たちの好みも多様化したようでひと昔前よりは健全に感じる(地方調べ)。
とは言え好きな人は好きなようで。先日も手取り月収とほぼ同額のセリーヌのミニバッグを20代前半女子が所持(贈り物ではないらしい)していた。この子の汗にまみれた1ヶ月の労働とコレが同価値なんだーーー。ってしげしげと手に取り、眺めさせてもらったわよ。素敵だったけどね、グレーのミニバッグ。 
 
 
あたしとりあえずブランドもんは芋でいい、いや今のとこ芋がいい!
 
 
 

恋と呼ぶにはおこがましい!

よく知る魔性の女、毛穴からフェロモンが吹き出している年上の女は肉食だ。
肉食女子、の肉食ではなく本当に動物の肉をよく食べる。


けものの肉を食べた日があった。その脂を流し込むに最適なワインを少しずつ飲んだ。その香りははじめは花のようででも漠然としていて、次第にずっしりと、脂による胃の負担と相まって耐えきれない寸前までへヴィーになったが、「まだイケる」という余韻を残して美味のうちに食事は終わった。


異性に惹かれ近づき、距離を詰める時と上の現象がシンクロする。
なんとなくけものの脂とアルコールに酔ってる?イヤイヤまだ大丈夫、でも確かに何かがあるよね、何かあるはず。
確かに化学反応が起こった、最初はうまくいっていた気がした、イヤうまくいくって何よ?!
「付き合う」?…ちゃんちゃらおかしいわ、この辺りから何だかズレたムードが漂ってきた。


妄想が頭の中をよぎる、好きな人のことを気づいたら考えてる?
そんなことちっとも美しいこととは思わない。
妄想に支配された時点で何かの可能性が閉ざされる。可能性が閉ざされて自分の世界に籠もるのは、エネルギーが結合して踊る、そんな美しさからは遠ざかってしまう。


ということで、振り出しに戻る、ということは出来ない年齢と状況なので振り子のように揺れながら過ごしてみることにする。


今はまだ翻弄されるべき時ではない!!!

2月の迷走と瞑想

2月は迷走&瞑想していた。

以前から乱暴な「2月不要論」を唱えているわたし。1月は正月だ、3月は希望がある。

2月は…豆まきにバレンタインデーか。まぁ…、いるっちゅや要る、いらんっちゅや要らん。

とにかく冬が基本的に苦手で、でも寒いのに11月終わりあたりから頑張っていて、なんとかやり過ごして、もうその我慢とやり過ごしと冬の娯楽も限界を尽く、そんな自分にとっての2月が終わった…。そしてほとんどこのブログも更新しなかった。

 

混沌と迷走はいつものことだがブログって更新しないと全てが過ぎ去ってゆくのねー。

自分の中に思考や体験は溜まっていってんだろうけど。ちょうどそれを思い出して書こうにもまだ発酵もしてないからいい具合のポイントを抽出することもできず、かといって新鮮味もなく。引き出しの奥深くしまわれてもいず、ちょうどあの衣装用半透明プラケースに2月の記憶をぐちゃぐちゃにほり投げてとりあえず蓋閉めてと、そんな状態。

 

そんで瞑想ですが。

わたしのことを、

「本当いつまでたってもアンタは『内面の旅人』だね〜」

と、わたしをよく知る人に、いいおばはんになった今も言われます。

何やろ。瞑想、何を求めてやってんだろ、とも思いますが。

幼き頃、実家にあったブッダの生涯の漫画(大人向け)を真剣に読み、またヨーガや自然食療法の活字本も好奇心のままに読み漁り(どんな実家だ)。

学生時代は永平寺に合宿に行き(強制)、座禅したり。

 

まぁそんなこともありつつも、いい大人になってからの精神探求の道は何だか一番邪念に溢れていて逃避じみている(ヨガ経験含む)。

でも、なぜだか2月は心を鎮めたくて、何回か瞑想という名目で静かに坐る機会が多かった。確かに生理的に落ち着く、心拍数が減って呼吸が深く楽になる。それだけで心も落ち着く。不規則な生活と疲弊した神経には効く、切り替えになる。

それ以上のこと、例えば瞑想体験が人生の成功や劇的な変化につながる、とか、大いなる一つとつながる、とか、イヤって程ネットには溢れているが本当に体感のないものは今の所書けない。

 

永遠の内面の旅人、認定を受けたわたしなので2月は好奇心も湧き今はOSHOことラジニーシの本を読んでいる。ふむふむ…。

 

Joy 喜び (海外文学)

Joy 喜び (海外文学)

 

 

 

しかし衣装用プラケースに詰まった混沌とした生活と、充実した生=生きる歓び、瞑想と逃避について、今のところ答えが出せないでいる、ってか一生出ないかそんなもん。

 

とにかく、3月には希望がある〜わたしは農耕の血が濃いのか、春が異常に嬉しいのだ。田植えの準備しなきゃ!、とは思わないがキャッキャした気分が予兆のように湧いてくるのは事実だ。

 

ということで久々にブログを更新することができました。

 

 

 

 

サクラ効果と車間距離

とあるブログ本文とコメント欄で「サクラ効果」という語が出ていた。

 

閑古鳥が泣いていた店などにその人物が入ると、次から次へと他の客を引き寄せその店は賑わいをみせる…、というあの現象のこと。また話題と事象が同期する、シンクロニシティ的なことも。

 

そしてそれはその人物の内在的エネルギー「気」≒「妖気」がもつ引き寄せ力によりその現象が生じるんであろうとコメントは続いた。

 

そうなのか。でも、う〜ん…。

というのは、わたしもこの「サクラ効果」(シンクロは置いといて店の方)結構な確率で発生させているからである。

さっきまで自分(と連れ)しか居なかった店が気づくと人々でざわついている。

それはオイオイあたしになんか頂戴よそこの店員さん!と言いたくなるほど確かでよくある現象だ。物を売る店でも飲食店でも。

 

それで話は変わるが、女子の車の運転である。ああ前も書いたなコレ、感があるが。いわゆる「女の運転のダメさ」をあげつらわれる一つに「煽るんでもなく無駄に車間距離を詰める」がある。

前に赤信号と車いるの見えてんでしょ?!なんでそこでアクセル踏むの?ここは減速でしょ?!

乗せてもらっといて言うのもなんだが、自分の体が減速モードなのに加速される時の違和感と軽い恐怖ったら。で、吹かした後急ブレーキで止まるの。ああ止まって良かった。

で、アレについて当事者と話したんである。「アハハいっつも(男に)お前の運転怖いって怒られるぅ」なんて言うからさ。

そしたら驚愕の事実が。彼女曰く、

 

「前の車が見えなくなっちゃうと不安」「だからわざと(アクセル)踏んで、追いつかなきゃって思っちゃう」「ついてかないとって焦る」

 

恐怖の車間距離詰め運転にそんな心理が働いていたとは!!!

イヤ、皆じゃないですよきっと。でもほんっとに多いんだもの、こういう運転する女子、と考えるとわりと多数に共通の心理なのだろうかとも考えてしまう。男性の車間距離詰めは煽る意志が明確なだけマシかもしれん…。

 

それでサクラ効果に戻るが、あたしのサクラ効果なんてこの「前に誰もいないと不安」心理を薄らげてあげているだけなんであるきっと。

妖気、ないこと自覚してるからなぁと。

多分わたしがサクラ効果を発揮するのは入りにくい系の店なんだろう。

例えば観光地などでもとりあえずのメジャーお土産店などへ人々が続々と吸い込まれて行く中、ちょっと裏路地の小さい店へ一人で。するとなんか入りたそうにしてたけど勇気?がなく「別にいいや」と素通りしてたはずの人が入ってくる。で店内が2名になると益々入りやすくなって…以下同文、というそれだけなんである。

 

妖気はなく、一人で好奇心赴くままふらついている、というただそれだけだが確かなサクラ効果はあるぞ、と。

そしてハンドルは10時10分持ちを心がけ、急発進、急ブレーキを注意深く避け、男に運転面で怒られるプレイも皆無で実直に車と向き合うよ、と。

 

なんか真面目しか取り柄のないような自分そのもので笑えてくる!

 

昨年末〜食べたものメモ

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昨年末、一人午前遅い時間に起きた際、実家の和風の庭でおもむろに始まっていた光景。
 
 
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枝は裏の山でこどもたちが採ってきた(らしい)。
 

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知らぬ間にピザができていた。アスパラ&しらす。しらすが足りねーーーと文句を言うわたし。

 
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正月、思わず見惚れた1月1日のスペシャル朔餅。赤福は現地調達と近鉄の駅各所で購入するのでは餅の食感、新鮮さが全然違う…と思うのは気の持ちようだけなのか。この筋は五十鈴川を表している…んだったっけ?この筋、赤福職人が指で一つ一つつけているという話だが、これを気持ち悪く感じる人もいるらしい。
 
 
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たまにはわたしも作った。カッテージチーズに塩を混ぜて塩味とした。オリーブオイルとオレンジの果汁とアボカドのダシ?で食べた。
 
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ローストビーフ。和牛のたっかい肉(正月だからって)だったからか、薄く切れなかった。圧力鍋で作った人の話を聞いて、代わりにフライパンで焼き付けたあとルクルーゼの鍋で茹ででから蓋して放っておいて作った。賭けみたいな作り方で、失敗したらどうしようかと思ったよ、たっかい牛肉〜。
バックはホマレ姉さんさんのかぼちゃのくるみロースト。ブログではスキレットで作ってあったけど、ないのでフライパンでも美味しくできた。
 

www.homarecipe.com

で、↑この記事引用するために姉さんさんのブログにとんだら余りに写真の出来、自分のとギャップが凄すぎて引いたわ…。イヤ、比べちゃいけないんだが…。

自分の書きながらだと姉さんさんの記事が白いオーラに包まれたように光って見えたわ(マジ)。

 
 
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今日の夕食なんてコレだもんね。なんか餌感さえ漂っている気がする写真だ。
これでも鍋のやつは美味しかった。豚肉を角切りにして、クレイジーソルト等でもろもろしたあと焼き付け、アサリを入れ、出たダシを肉に吸わせて焼いた風。←料理ブログは無理だな。
 
 

モラリストでなくリアリスト

ベッキーが例の騒動で色々言われている。

わたしは別にベッキーに特別な思い入れはなかったのだがお相手に興味を持ちちょいちょい検索してYouTubeなど観てみたところ。「アラ、これなかなか良いじゃないの」と。CMくらいでしか聴いたことのなかった「ゲス乙女」、音も印象的だしミュージックビデオもまあまあ面白く、例の男性も段々いい男に見えてきた。

そして、優等生のベッキーがコレかぁ〜とそのセレクトに逆に好感度を上げる始末。

で、世はドロドロ、涙の謝罪、特にベッキーに同情はしないが糾弾する世の中(スポンサーや雇い主等、金絡み以外)も全くもってわからない。

 

昔っから不倫という関係性に第三者があーだこーだ言うのがもう意味不明なんである。

倫理観、なんでしょうか。しっかし、もう現実に溢れまくっているこの関係性。別に今に始まったことでもなく、この世の公然の秘密?秘密にすらなってない常態化している事実。それに今更何を言おうってのか、そんな諦観しかないよ、コレに関しては。

 

(妻や夫などを含む当事者はどうぞ自由に派手にやってください)

わたしが中学生の時、ある朝母が当時出だしたばっかりの父のどでかい携帯を台所の流しに文字通り「バーン!!」と放り投げていた。当時父の帰りは午前様続き。多感な少女のわたしは…というともう何だか失笑&心中突っ込み!だってただの酒飲みのおっさんと、中年太りのおばさんだよ!母の芝居がかった悔し顏もなんだかもう可笑しくって。ねえねえ、本当に切羽詰まってる?なんか悲壮感が足りないよって。今思うとあの二人最後のメロドラマやってたんだなぁ。しかし母は現在のわたしとほぼ同じくらいの歳、まだやるよなぁ、メロドラマ。で、最後ではなかったのかも。当時わたしはこの中年男女がまだ色気づいてることを何か嬉しくさえも思ったのである。そしてコソコソ携帯の中身を見て疑心暗鬼するんじゃなくて、きったない流しに「バーン!!」が良かった。10代のわたしにモラルを吹っ飛ばしたリアル「バーン!!」のダイナミズムの面白さ。

 

かたや、相手の男に専属で世話をする女(一応妻か)が居る場合。これは厳しい。

そのシャツに顔を埋めても、パリッとしたスーツに見惚れても、その衣類を忙しい彼がサッと着替えてもそれらしく見えるように整えているのは誰なん、て話。

もう完璧にアイロン掛けされたシャツから柔軟剤の香りなんかしてくると最悪。

これはモラルの問題ではない。リアルにアカンので見て見ぬ振りをするのであるが、そんなところから綻びが始まり、無理に綻びを繕えば惨めな布さながらである。

その男の母親含め、世話をされている男とは厳しい(話が違うぞ)。

 

そんなこんなで、わたしは不倫問題に関しては全くモラリストとは言い難い、リアリストである。アレは泥沼だ、刺した刺された、行ったっきり戻ってこない、家庭崩壊だ、多々実例はあるがモラルでアレについて語って何か解決するわけでもあるまい。