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とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

Twitterを始めて思ったこと。安保法案は結局通ったけれど。

ブログを始めてから初めて、Twitterのアカウントを取得してみた。

普段読んでるブログの主の方をフォローしたり、フォローしてもらったり(ほとんど呟いてないけれど)まあ、そんなことをわたしもしてみようと思ったのです。

 

そこで、時は安保法案のゴタゴタ真っ最中のことでしたが、ホリエモン氏と内田樹氏、この両氏もフォローしてみることにしました。

別に安保法案についての参考意見を集めたかったわけではないです。ホリエモン氏は清濁併せ呑む鋭い人物には違いないんだろうなぁと思っていたし、内田樹氏は著書を数冊面白く読んでいたのでフォローしようと思ったのです。

内田樹 - Wikipedia

 

しかし上記のように、時はゴタゴタの真っ最中。二人はこの件について正反対の論客でした。ホリエモンは安保に賛成、内田氏は反対。それを耳にしたことはあったものの、Twitterをきっかけにして両者の言ってることの概要、やってることなどがなんとなくわかってきました(またこのお二人、この件の最中これでもかとばかりに、たたみかけるようにツイートしてくる。正反対なわりにその勢いとタイミングが似てて笑えました)。

 

わたしはいわゆる無党派層、ってやつですが、その時その時によってこっちがいいんじゃないか、あっちがいいんじゃないかとかは思います。でも、ブログで政治的な立場には言及したくないのでそういうことは書かないことにする。

今回、わたしがこの両者のツイートを眺めていて感じたことを書きます。

 

それは、さすがのお二人。言ってることにいちいち説得力があり、なるほど、と、そして関心を持たせ「そうだなぁ」と思わせちゃう、そういうことが上手だなあってことです。これは小手先のテクじゃなく、人間力とか、カリスマ性とか、破綻してない論理を組み立ててそれをうまく表現として出せる能力、とかとにかくお二人の総合力がそうさせていると思うのですが。

で、そーゆう総合力的な意味ではごくごく普通のレベルの、もしかしたらかなり微力な力しかない一般人のわたしがツイートを眺めるわけです。

そうするとですね、なんか両者ともの言ってること正しいよな、いいんじゃないか、とかそういう気分になってきます。少なくとも自分の論理よりは洗練されているので、説得されてしまうし。なので、ホリエモン派かと思ったら数時間後にはSEALsの若者や好きな石田純一を応援したくなったりして。そしてその転換は単なるツイートの質量だったりして。怖いですね、「1984年」思い出すわ。

maro55.hatenablog.com

 

 

そこで思ったのですが、それこそSEALsの若者はどうか知りませんが、一般人がある立場(政治的なことだけじゃなく)を頑なに表明したり、運動したり、デモしたり、そういうことって「最初にどっちに会ったか」だけじゃないのか?!という極論が頭に浮かびました。うん、でもこれは極論ですね。でもとっかかりとしてこの論を使うと例えば最初にホリエモンに会ったか、内田氏に会ったか。そして自分より圧倒的な力をその人物は持っているので狂信したり、熱狂してしまい、その一派になる。そうするともう後には引き下がれない。そういうことってあるよな〜、そしてそれは危険なことだよな〜、とそう思いました。

ちょっと前、ホリエモン瀬戸内寂聴が自分の原発維持論に理解を示したものの「今更(立場を)変えられない」と瀬戸内さんが発言した、としきりにツイートしてましたが、これも本当だったらなんか気分の悪い話です。

 

わたしは、次の選挙には行こうと思いますが、それまでになにかの一派になるかもしれません。でも、一派に違和感を感じたらさっさと引き下がり、カリスマ性のある人物が現れても盲信せず、いいかげんでやっていこうと思います。そしてどんなカリスマが発したとしても言葉は基本的に「嘘」を孕んでいるものと思うので、いい距離感でやっていきたいと思います。ツイッターも、ブログも。

 

youtu.be

 

 

 

 

以上でした。