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とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

娘の運動会。組み体操で泣ける理由と大人になるということ。

今日は娘の運動会でした。2歳から6歳の子供たちが通う保育所の運動会です。ちなみにうちの娘は5歳、年中さんです。

まあ、親というものは基本的に自分の子供しかみていないものです。 かけっこにお遊戯、はたまた待機時間の表情まで、普段の生活では見飽きるほどみているはずの我が子なのに。まるでAKBファンの方が推しメンの表情を、しぐさを、年に1度のライブで一瞬でも見逃すまいとするように、凝視してしまいます。ちなみに見逃したくないあまり私は写真も撮らず、ビデオも回しません。「我が子の今を大切にしたいから…、一瞬が貴重だから…」そんなカッコつけたことまで頭をよぎっています。それでいて自宅での通常営業時は自分の疲れや忙しさにかまけてロクに子供の表情もみてなかったり、問いかけに半無視状態だったり、ましてやうっとおしいとまで思ってしまうこともあるのですから変なものです。(通常営業時こそが子育てにとって大切なのに!)

そんな基本親バカですが、例年わたしがこの運動会でなぜか涙が出てくる競技、それは年長さんの「組み体操」。うちは年中の娘一人です、なのでこの競技は自分の子供がでているのを見るわけでもないんですが。 なんか、この涙何なんだろうと思うんです。

(組み体操って何か忘れちゃってる方のために説明しますと二人以上で体重を掛け合ったり組み合わさったりして様々な形を作り出す、笛や号令で形を変えていく、あの運動会でよくあるやつです。小学校高学年くらいからはピラミッドとかハイレベルものを作ったりしますよね)

そこで「組み体操」をググってみたら恐ろしい事実が出てきた。 毎年この組み体操で後遺症の残る怪我が多発し、死者まで出ているんだと!まあふつうに考えてそういう可能性はあるだろうけど。 しかし、そういうことがありながらも学校が組み体操を行う理由、としてクラスの「まとまり」を重視するあまりに、というもっと恐ろしい理由が推察されていた記事があった。怪我をする子がでても、その子の分までみんなでがんばりましょう!「one for all,all for one!」的お涙ちょうだいストーリーにして「まとまり」を強化するんだって。 まあ、この記事がどの程度現実なのかは話半分に読むとしても、ちょっとわたし個人としてはドキッとした。

というのはあのわたしの涙。 たぶんわたしの涙の一部は未成熟で純粋な幼い子たちなりの「まとまり」に対して流れるものだと思うからです。 幼い子供たちの一生懸命さに感動するのは組み体操だけじゃなくかけっこだってお遊戯だって一緒。もちろんそこにグッとくるものはあるけれど涙までは出ない。でも、幼児が組み体操で先生の笛の「号令」に合わせて、パッ!と「一斉に」「揃った」形をキメることに涙している自分。

と、ここまで書いて思い出しました。わりとパンクな魂を抱えた小学生〜中学生だった自分は組み体操なんて大っ嫌いで、それを喜ぶ保護者もアホだと思っていたことに。わたしはどこでどう変わってしまったんだろう…。

その後、プログラムは2歳児のお遊戯に移り、「まとまり」のかけらもない未分化な生き物のグダグダ感あふれる雰囲気を目にしました。お遊戯の最中に叫ぶ、観客席のママの方に走り出す、もう踊ることさえしない=棒立ち、など自由きわまりない姿。これはこれで素晴らしい。2歳児ブラボー!!!そう感じ癒されました。

2歳児の魂をどこかに持ったまま生きていきたいなぁ…(あれ?組み体操の涙はどこへ?!)

以上でした。