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とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

なぜわたしはしまむらの服を着て、リッツカールトンに泊まるのか

いや、別に、しまむらの服でリッツに行くって話じゃありません。
一応TPOは考えているつもり。
生活全体で、節約・プチプラ(低価格)方面の消費と富裕層方面の消費をミックスさせるのが割と好きだ、という話です。


そりゃ、ほんとに富裕層であれば、衣食住、レジャー等すべての消費を高品質なものでまかなうでしょう。でもそれが経済的に無理だからやむなくミックスさせているんでしょう、と言われればそうなのか、そうなのかもしれない。
でも、なんとなくそんな消極的姿勢でなく、むしろ積極的にそうしている節が、ここ数年ある気がするのです。


ユニクロ・しまむら、業務スーパー、海外の安ホテルetc

ここ数年積極的に導入しています。これらの魅力はなんでしょうか。低価格?それは確かに。
プラスこちらで低価格で購入したアイテムたちをいかに自分が「使いこなしたか」というところに満足感がある気がします。ファッションはその傾向が顕著です。アクセサリーやコーディネートなどに工夫をし、
「ええ〜っしまむらに見えない!」
その一言に「ふふふ…」と自尊心がくすぐられることは確か。
業務スーパーなどの食品をなんやかんやして使い切ったときも、妙な達成感があるのはわたしだけでしょうか。これらの消費を満足感あるものにするためには「工夫」というキーワードが必要です。安ホテルも然り。ひどい環境でも楽しむ、ネタにして楽しむくらいの思考の工夫が必要です。

リッツカールトン、PELLCOのパンプス、カルティエの時計etc

かたやこれらを消費するためのキーワードは「夢」です。それも一時の夢、限りない自己満足の夢。
とりあえず「セレブ感」を味わって優越感を得たい、というものでないことだけは確かです。別にこんなことをしたって自分の格が上がるわけでも年収が上がるわけでもないですからね。だから、わたしは本当にすてきだな、と思ったものだけに高額投資をします。そこで美の感覚、快適さの感覚、美味しさの感覚などを味わいたい、ただそれ(=夢)だけ。それは確かに現実の感覚だけれどただの自己満足。どこにもつながっていかない。PELLCOのパンプスで女としての魅力が増し、玉の輿に乗れるわけじゃないですからね。
ここ最近、人生も折り返し地点かと思うと、お金という魔法の紙を使えさえすれば夢が手に入るのに別に迷うこともなかろう、と思うことが増えました。もちろん日常生活に影響が出ない範囲内でですが。

そして前者と後者のシャッフル

なんか自分はたぶんどっちも手を出したい。工夫して冒険も楽しいけれど、たまには夢もみたい。
すべて身の丈、中くらいのモノをセレクトし、中くらいの予算で旅をし、というバランスの良さだと、どうも面白味が少ない。ホテルだって、安ホテルと高級ホテルじゃ視界にに入るものや人、全てのギャップが凄まじいけれど、できる範囲の広いレンジで世の中を観察しているとなかなか興味深い。
そして、それらが頭の中で、また身体的にもシャッフルされている感覚を自分で眺めているのも面白い。


なんでわたしは近年こんなことになっているんでしょう?
と考えると年をとって「人からどう思われるか」ということに以前より無頓着になったことが関係していそうです。「わたしはわたし」イコールおばちゃん化。安物と見抜かれるならそれでもいい、カルティエを似合わないと言われようが、高級ホテルで値踏みされようが夢を味わってるんだから別にどうぞ。そんな図々しさが透けて見えます。ああ、なんかそう考えると感じ悪いですね。



まあ今後もその時々で、やりたいようにやろうと思います。





以上でした。