とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

モラリストでなくリアリスト

ベッキーが例の騒動で色々言われている。

わたしは別にベッキーに特別な思い入れはなかったのだがお相手に興味を持ちちょいちょい検索してYouTubeなど観てみたところ。「アラ、これなかなか良いじゃないの」と。CMくらいでしか聴いたことのなかった「ゲス乙女」、音も印象的だしミュージックビデオもまあまあ面白く、例の男性も段々いい男に見えてきた。

そして、優等生のベッキーがコレかぁ〜とそのセレクトに逆に好感度を上げる始末。

で、世はドロドロ、涙の謝罪、特にベッキーに同情はしないが糾弾する世の中(スポンサーや雇い主等、金絡み以外)も全くもってわからない。

 

昔っから不倫という関係性に第三者があーだこーだ言うのがもう意味不明なんである。

倫理観、なんでしょうか。しっかし、もう現実に溢れまくっているこの関係性。別に今に始まったことでもなく、この世の公然の秘密?秘密にすらなってない常態化している事実。それに今更何を言おうってのか、そんな諦観しかないよ、コレに関しては。

 

(妻や夫などを含む当事者はどうぞ自由に派手にやってください)

わたしが中学生の時、ある朝母が当時出だしたばっかりの父のどでかい携帯を台所の流しに文字通り「バーン!!」と放り投げていた。当時父の帰りは午前様続き。多感な少女のわたしは…というともう何だか失笑&心中突っ込み!だってただの酒飲みのおっさんと、中年太りのおばさんだよ!母の芝居がかった悔し顏もなんだかもう可笑しくって。ねえねえ、本当に切羽詰まってる?なんか悲壮感が足りないよって。今思うとあの二人最後のメロドラマやってたんだなぁ。しかし母は現在のわたしとほぼ同じくらいの歳、まだやるよなぁ、メロドラマ。で、最後ではなかったのかも。当時わたしはこの中年男女がまだ色気づいてることを何か嬉しくさえも思ったのである。そしてコソコソ携帯の中身を見て疑心暗鬼するんじゃなくて、きったない流しに「バーン!!」が良かった。10代のわたしにモラルを吹っ飛ばしたリアル「バーン!!」のダイナミズムの面白さ。

 

かたや、相手の男に専属で世話をする女(一応妻か)が居る場合。これは厳しい。

そのシャツに顔を埋めても、パリッとしたスーツに見惚れても、その衣類を忙しい彼がサッと着替えてもそれらしく見えるように整えているのは誰なん、て話。

もう完璧にアイロン掛けされたシャツから柔軟剤の香りなんかしてくると最悪。

これはモラルの問題ではない。リアルにアカンので見て見ぬ振りをするのであるが、そんなところから綻びが始まり、無理に綻びを繕えば惨めな布さながらである。

その男の母親含め、世話をされている男とは厳しい(話が違うぞ)。

 

そんなこんなで、わたしは不倫問題に関しては全くモラリストとは言い難い、リアリストである。アレは泥沼だ、刺した刺された、行ったっきり戻ってこない、家庭崩壊だ、多々実例はあるがモラルでアレについて語って何か解決するわけでもあるまい。