とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

2月の迷走と瞑想

2月は迷走&瞑想していた。

以前から乱暴な「2月不要論」を唱えているわたし。1月は正月だ、3月は希望がある。

2月は…豆まきにバレンタインデーか。まぁ…、いるっちゅや要る、いらんっちゅや要らん。

とにかく冬が基本的に苦手で、でも寒いのに11月終わりあたりから頑張っていて、なんとかやり過ごして、もうその我慢とやり過ごしと冬の娯楽も限界を尽く、そんな自分にとっての2月が終わった…。そしてほとんどこのブログも更新しなかった。

 

混沌と迷走はいつものことだがブログって更新しないと全てが過ぎ去ってゆくのねー。

自分の中に思考や体験は溜まっていってんだろうけど。ちょうどそれを思い出して書こうにもまだ発酵もしてないからいい具合のポイントを抽出することもできず、かといって新鮮味もなく。引き出しの奥深くしまわれてもいず、ちょうどあの衣装用半透明プラケースに2月の記憶をぐちゃぐちゃにほり投げてとりあえず蓋閉めてと、そんな状態。

 

そんで瞑想ですが。

わたしのことを、

「本当いつまでたってもアンタは『内面の旅人』だね〜」

と、わたしをよく知る人に、いいおばはんになった今も言われます。

何やろ。瞑想、何を求めてやってんだろ、とも思いますが。

幼き頃、実家にあったブッダの生涯の漫画(大人向け)を真剣に読み、またヨーガや自然食療法の活字本も好奇心のままに読み漁り(どんな実家だ)。

学生時代は永平寺に合宿に行き(強制)、座禅したり。

 

まぁそんなこともありつつも、いい大人になってからの精神探求の道は何だか一番邪念に溢れていて逃避じみている(ヨガ経験含む)。

でも、なぜだか2月は心を鎮めたくて、何回か瞑想という名目で静かに坐る機会が多かった。確かに生理的に落ち着く、心拍数が減って呼吸が深く楽になる。それだけで心も落ち着く。不規則な生活と疲弊した神経には効く、切り替えになる。

それ以上のこと、例えば瞑想体験が人生の成功や劇的な変化につながる、とか、大いなる一つとつながる、とか、イヤって程ネットには溢れているが本当に体感のないものは今の所書けない。

 

永遠の内面の旅人、認定を受けたわたしなので2月は好奇心も湧き今はOSHOことラジニーシの本を読んでいる。ふむふむ…。

 

Joy 喜び (海外文学)

Joy 喜び (海外文学)

 

 

 

しかし衣装用プラケースに詰まった混沌とした生活と、充実した生=生きる歓び、瞑想と逃避について、今のところ答えが出せないでいる、ってか一生出ないかそんなもん。

 

とにかく、3月には希望がある〜わたしは農耕の血が濃いのか、春が異常に嬉しいのだ。田植えの準備しなきゃ!、とは思わないがキャッキャした気分が予兆のように湧いてくるのは事実だ。

 

ということで久々にブログを更新することができました。