とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

夏が終わる No surprises

気付いたら終戦記念日だった。

日勤で勤務していれば、毎年昼休み職場で黙祷をささげる。

今年はそれもなかった。

 

お盆前、ほんの短い休暇があり1泊ではあるが旅行に出かけていた。

 

汗だくのお伊勢さん。海の生物と触れ合えるこじんまりした水族館。内壁が剥がれた、でも親切な従業員のいる海沿いの旅館。伊勢海老やサザエやあっぱ貝をただ焼いたやつ。豪華でないプール。たぶん1泊で行ける範囲では水質が最高ランクであろう小さな海水浴場。英虞湾の真珠養殖を見学しながらの遊覧観光船。

 

それらのすべてを小さな子供3人とともに過ごした。

 

上記のプランが例えば男性と二人だったらどうだろうか。

なんとなく淫靡でなんだか先のない二人のプランのように思えるのは私だけだろうか。

イヤ、わたしだけだろうね多分、だって至って普通の観光プランだもん。

剥がれた内壁やら、無口そうな海女などに何かを投影しているだけなのだ!

 

しかしまあ実際は、子供中心の旅行であるからそんな投影は心中におさめ、ともにはしゃぎ、見守り、食べ、宿では少し飲み、高速道一般道とミニバンをひたすら運転していた。

 

その帰り道、運転中にあわや事故を起こしそうになった。

それはわたしのふとした油断だった。

子供たちと過ごす、短い絵本の世界でボケっとしていたら一気に崖の淵から真っ逆さま下を覗き込んだような、そんな瞬間だった。

 

今でもその瞬間の感覚に身を浸すと震えそうである。ショックが大きいのだ。

 

そして数日経ち、通常の生活をしている。

暑い、市民プールで水に身体を浸す、水に身体を浸した後のちょっと違う世界に移動したようなあの感覚はなんだろう。仕事に行く、買い物にも行かなきゃ、あぁ旅行中と違ってまた1日以上子供の顔みてないや。

 

怠い、仕事も惰性かもしれない、プールに行くと気になる贅肉はもうどうにもならないのか。とりあえずスーパーの食パンはやめよう、あのお気に入りのパン屋でパンドカンパーニュを買うことにして、だからといって気分が浮き立つわけではない。

 

まさにその瞬間移動中の車内で。

youtu.be

 

No Surprises
A heart that's full up
like a landfill,
a job that slowly kills you,
bruises that won't heal.
You look so tired-unhappy,
bring down the government,
they don't, they don't speak for us.
I'll take a quiet life,
a handshake of carbon monoxide,

with no alarms and no surprises,
no alarms and no surprises,
no alarms and no surprises,
Silent silence.

This is my final fit,
my final bellyache,

with no alarms and no surprises,
no alarms and no surprises,
no alarms and no surprises please.

Such a pretty house
and such a pretty garden.

No alarms and no surprises,
no alarms and no surprises,
no alarms and no surprises please.

 

 

付けっ放しにしておいたFMって本当にごくたまにいい仕事するね。

この歌詞がこの音に乗って聴こえてくるなんて。