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とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

痩せたね、と綺麗の狭間

ひっそりと再開した前回の記事で書いたのだが、痩せたんである。

 

(ひっそりと、と言ってもスターをつけてくださった方、おなじみさん皆様で、こんなブレブレなアタシの頁を開いてくだすったことが嬉しく感じました。ありがとうございます)

 

いや、自画自賛であるが、ダイエットの内容が良かった。

体重ではなく、体脂肪率が落ちた(当社比)。

これは完全に無欲の勝利である(と、高らかに勝利宣言だが全然説得力あるボディーではない)。

 

30年間くらい、太り方と痩せ方だけはアメリカのお騒がせセレブ(例マライアキャリーやレディガガ ベタ)を思わせるわたし。

セレブの100万分の1くらいのスケールのくせに、何の波に翻弄されているのかと思うが、妊婦時代は全くキラキラ感のない渡辺直美であったことは確かだ。

 

摂食障害の心理というのに昔は特に非常に興味があり、痛々しく我が身と重ね合わせることができた。たぶん嘔吐こそせずともボーダーラインだったのだ。

30代くらいから、痛々しさがよくわからなくなり、ぼんやりしてきた頃に結婚、妊娠した。おばさんになる(この言い方が是なのか非なのか結論出ておらず)ことの有り難みをじんわり実感し、幸せだった。

 

…で、なにが言いたいかというと、わたしはダイエットのセミプロだということである(また、高らかに)!

太ったら痩せれば良し、そんなおバカさんでもないが、そこそこの実績もある。

食べ順がどーだ、L−カルニチンがどーだ、有酸素運動は20分以上だ、酵素ドリンクだ、…もう書いているだけでうんざりしてきた、そんなもん聞き飽きており、どーでもいいのである。

とセミプロのくせにプロフェッサーばりに書斎にこもっていたら気づけばどえらいバディーになっておりました。

 

でも痩せたい、とは何故か思わなかった今回のクール。

しかし今まで感じなかったある思いが40過ぎたアタシの頭に浮かんだ、それは「強くなる、強くなるために鍛える」です。

本当にある日、です。馬鹿みたいな習慣としか言えない煙草を止め、足りない筋肉を付けて心身ともに強くなろうと決めたのです。

 

って怖いわ…。ここまで書いてて何に洗脳されてんのかと思うし、そのスイッチがどこにあるのかもわからんのも奇妙です。

しかし、結果非常にゆるやかなペースで体重は減少し、痩せました。

無欲の勝利です(イエ〜)!

 

てか、ここまでこんな読み物読んでいただいて申し訳ないのですが、今回のテーマは「無欲の勝利」でも「スタイル中の下から始めるアラフォーダイエット」でもないのです。

まあ、痩せたんだから「痩せたね」といろんな人に声をかけられます。「顔が小さい」とか「腰幅がどーんとしてたのがスッキリした」とか。二の腕おもむろに掴まれたり。

 

でも何でしょう。「痩せて綺麗になった!」そう言ってくれたのは約1名。

美意識かなり高めの50代、1名のみ。

言って欲しい、認めて欲しい、というのではない、何だろう…。

細いは細いという物理的なフォルムでしかない訳だ、イヤ、自分で密かにウエストの線が良い感じ、とか。そういうのも大事だ、イヤしかし…。

 

 

もう本当にただの真実ですけども、太いフォルムでも綺麗な人は綺麗であるし、痩せてるからって綺麗なわけではない、という。

痩せたね=綺麗になったね、ではないわけです。

知ってましたよ、存じ上げてましたそんなこと。でもやはり、何か錯覚のような、女性特有の呪縛のようなものがありますな。

 

 

根深い〜一体幾つまで〜どんだけ〜!!!