とある中年女性の日記

一人の時間と惰眠を愛するわたしの脳内と暮らし

スキンケアという名のただの念を送る行為

なんのきっかけからか「よし!肌のケアをちゃんとやってやろうじゃないか」。

そんなことを最近思って、実行している。

 

昔から化粧品は好きだった。スキンケア用品もメイク用品も。

地方の小太り(になってきているのを、汲々とした心持ちで怯えていた)の中学生時代、主に妄想に使う愛読書 雑誌「Sister」でボディーはボディーブラシで洗うもんなんや!と洗脳されたあの時代(金髪の少女モデルがバスルームで背部をブラシで洗浄している写真は今でも覚えている)、あの頃らへんから、その手のコスメ類に対する思い入れが始まった。

 

シャンプーは何を使えばよりサラサラになるのか、「洗顔ソープ」というものを使ってみようか、ブローしたレイヤーヘアが崩れるのは何より嫌だから「ケープ」は必須だ…等、実にめんどくさい日々の幕開けとなったのである。

 

本当だ。

それ以前はそんなめんどくささと無縁だったはずなのに。そこに足を突っ込んだら最後、現在まで(死ぬまで?)続く、わずかな喜びと、かすかなときめきを糧にめんどくささと、ときに義務感にかられてまでも美容というものと縁が切れずにいる。

つかず離れずというよりむしろめっちゃくっついて大好きなときもあれば、どーでもよくなり数日すっぴんで過ごすこともあり。しかし結局やめてはしまえない化粧というこの行為。

生理だって「sister妄想時代」くらいに始まって、そしていずれ終わるが、その後も女性は化粧をするんだから…。

 

いつもながらプロローグが長い。

そんなわたしであるが、ケミカル系美容液に期待し、オーガニック系オイルでマッサージしリラクゼーション、そんな行為に相反して、メイクを落とさないでベッドイン、風呂に入らない、そんなことも日常茶飯事である。

深夜起きていることも多いからプラスマイナスどころか普通に顔だけ洗っている人に全然負けているだろう(勝ち負け!)。

 

しかし、美容ブログや美容雑誌のあの真剣さ、オタクさ。

アレらをみていると、「美容道」のようなものも感じ、そしてまた引き返せないケモノ道のようでもあり、わたしは何かを刺激されてしまうのであった!そしてその真剣味が何か可笑しいのである!

 

1度彼女たちのようにやってみよう。

なぜっていつも3日坊主で、高いクリームも年明けに買ったら年末まで残ってるし、眠いけど化粧が枕につくのが嫌だからって景品でもらったタオル枕に敷いて寝てるような女である。やってみないとわからないではないか!

 

そして冒頭に戻る。結論。

びっくりするくらい効果が目に見えない。イヤ、くすみが抜けたり、ツルっとなったりはしてきた気がする。しかしシミはシミだし、シワはシワである。ハリも20代になるわけではないし、30代にさえ絶対に戻らない。43歳が41歳くらいにはなったかもしれない(ボトックス美容液のおかげで)が、それだって本当にそうならすごいことだ。

 

知っていた、知っていたし、結果を出したいなら美容皮膚科だ。たぶん(しかし地方の美容皮膚科は限られていて、そして予約困難だと!)。

 

しかし、とりあえずこの美容スキンケア生活、続けてみようと思う。

手という人間の体で一番、気を送り込めると思われる器官から、皮膚という外界とわたしの接触面に向かって、 念を送るのじゃ〜〜〜。化粧品は、その媒介物。魔法の液体。

ああやっぱりそういうことか。

今のにわか美容オタクなわたしの結論としては、こんな感じである。